プロフィール

HIROKO TERASHITA

Author:HIROKO TERASHITA
スノーボードに惹かれ、大阪(堺市)から北海道に移住

以前はプロスノーボーダーとして選手活動していました。
スノーボードクロスでトリノを目指し、ナショナルチームにもなりましたが、3年ほど後、選手を引退しました
その直後に胃癌が発覚!
即手術しましたが、発見が早いのと若かった為、その冬のシーズンにはスノーボードしていました
今はもう5年以上たち再発はありません。
その後もインストラクターやコーチ、イベント主催などをしながら、メインスポンサーであるDROPS SURFにてカリスマ店員などをし、スノーボードに携わる生活をしておりました
15年ほど北海道と大阪、たまに岐阜県高山市を行き来していましたが、2013年のスノーボードシーズンを終了を機会にに大阪に戻る事を決意!

帰ってすぐに、将来を共に過ごしたいと思う男性と出会い、2013年11月23日に結婚し「宮本ひろ子」となりました

最近は登山にはまっています

自分の思うとおり自由気ままにいきたい!
スノーボードや登山などの楽しいことを伝えていきたい!
楽しいことで出てくる笑顔がみんなに伝染しますように★

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メイン..........DROPS SURF

SNOW BOARD.....YONEX(SMOOTH)

バイン.........UNION

ブーツ........DEELUX

WEAR..........BURTON(SHOP-GIRL)

ビーニー..........Maather396

GOGGLE......TERMINAL

GROVE........BURTON(SHOP-GIRL)

アパレル系.......Maather396
..................TERMINAL
..............BURTON(SHOP-GIRL)

バックパック・・・・deuter(IWATANI PRIMUS)

塗装系.........Azumerry prezents

その他..........LODGE (網走)
..................木村自動車(堺、泉田中)
..................QUEST(栃木)

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病気になって

2005年8月2日  
大阪府堺市のサイカクリニックにて胃癌(悪性の腫瘍)の診断を受けました。



23歳で北海道でのリゾートホテルのバイトをきっかけにスノーボードにはまりました。
27歳でプロに昇格し、2年後の春にナショナルチーム選考会でボーダークロスのナショナルチームに選ばれました。
もともと神経性胃炎を持ち合わせていた私でしたが、ナショナルチームに入った年の冬にその神経性胃炎がひどく、毎日のように胃薬をのんでいました。
それからずっと胃薬を持ち合わせていました。
翌年の春もナショナルチーム選考会があり、私自身色々考えた結果、エントリー自体を拒否し、もう選手としての活動を辞めることを決意しました。

その夏に働いていた仕事先の上司が、私の胃の痛みようを心配してくれて
「その痛みはいつ痛むんや?食べてすぐか?それともおなかがすいたときか?」
と聞かれました。
「どっちかというと食事をして3時間後くらいかなあ?飴とか何かを口に入れると痛みがましになる。」
「空腹の時に痛くなるのは潰瘍とかのおそれがあるから一度ちゃんと病院にいってカメラ飲んでこい!」
と言われ時間を作り病院に行くことにしました。
両親に相談した結果、カメラを飲むならサイカクリニックにということになり行きました。
胃が痛い、ご飯を食べて3時間後くらいに、とか色々症状を申しでました。
先生からは若いから大丈夫、薬を出します、といういつもの診断を受けました。
私自身、一度胃カメラを飲んでみて何もなければ自分自身ほっとするし、上司や親に怒られると思いカメラを飲みます、とお願いしました。

胃カメラの予約し何日か後、胃カメラを初体験しました。
胃に潰瘍みたいなのができていて、その細胞を取り検査にまわし、8月8日に結果が出ますのでその日以降に来てください、とのことでした。

8月1日、南大阪ではPLの花火でした。
仕事が終了して帰宅してから親がサイカクリニックから電話あって電話欲しいとの伝言でした。
すぐに電話をして聞くと
「検査結果がちょっと早めに出たので出来れば早めにこちらへお越しください。」
といわれました。
へんなの?!
と思いながら気になるので次の日、仕事の残業をやめてそのままサイカクリニックへ行きました。

「寺下さん、お入りください」
といわれいつも通り入りました。
先生が優しい声で
「前回、胃カメラをして胃から3つの細胞を取り検査にまわしていたのですが、その一つから悪性の細胞が見つかりました。」
「はい・・・?」
すると、隣にいた看護婦さんが
「ご気分は大丈夫ですか?」
と、聞かれました。
私は意味が解らなくて、あれ、私、何かそんなに悪い病気なの?と気になり
「先生、悪性のものというのはもしかして癌ですか?」
「そうですねえ。」
「・・・・・・」
頭の中が真っ白でした。
この先生は何を言ってるんだろう・・・。
もう一度大きい病院で再検査をしてもらってください。
とのことでした。

次の日、仕事を休ませてもらい病院の紹介で大阪近畿大学付属病院に行きました。
近大病院

病院に行き、私の担当は今本先生でした。
imamoto


「この結果を見ると悪性なのでもう一度検査しましょう。」
「その悪性というのは癌ですか?」
と再度確認しました。
「多分そうでしょう。もう一度詳しく検査をしましょう。」
とのこと。
もし癌だったら手術としては・・・と色々聞きました。
胃カメラ、CT、MRI、造影剤、血液検査、心電図、など色々な検査の予約から始まり検査を開始し、胃カメラを飲んだのが8月13日でした。
その日は昨年私おばあちゃんが亡くなったので今年は初盆で親戚がみんな集まっていましたが、結果も出ていないし初盆の事もあり何も言えませんでした。
検査に行くのにも心配させないようごまかして病院に行きました。

再度、胃カメラを飲みました。
そのカメラを担当してくださったのは彭(ホウ)先生でした。
カメラが終了してすぐに先生が
「この部分ですね(と、写真を見ながら)、この部分が癌ですね。で、だいたいですが胃のこの辺りにあり、この場合は手術して胃の下の方の部分を2/3摘出になるでしょう。」
私はびっくりして
「これはやっぱり癌なんですか?」
と再確認しました。
「はい、こういう胃の中に出来ているただの潰瘍なら均等にヒダみたくなってるんですが、この場合、大きかったり小さかったりとかなり歪でしょう。こういう場合はほとんどが癌です。
もう一度ちゃんと検査は出しますがほぼ間違いないでしょう。」
胃カメラで撮った写真を見せてもらいながらの説明でした。

頭が真っ白でどうしていいのかわからず、とりあえず落ち着こうと自分に言い聞かせました。
その後、看護婦さんに何かの説明書の用紙を見せてもらいながらの話があったのですが胃カメラの薬のせいかまったく頭に入らず、しかも説明書の大きい文字を目がかすんで読めませんでした。
(視力は1,5です)
看護婦さんにこの字が読めません。
視力が定まりません。
と伝え、ベッドで休ませてもらいました。
頭が混乱して思考能力が麻痺していました。
涙が勝手にどんどん出てきて、どうしていいかわからず、とりあえず泣いてしまいました。
もしかしたら癌ではないのかも・・・と心の片隅でずっと願っていたのですがほぼ間違いないです、と言われ放心状態になっていました。
約30分、ベッドで考え、目も見えるようになってきたので帰ることにしました。

両親はもちろん落ち込んでいましたが、親戚もいたので何も言えずに笑っていました。
多分私と同じように頭が真っ白になったに違いありません。

母はあの時初盆で忙しくてよかった。と。
もし忙しくなくて考える時間があったらずっと泣いていただろう、と後に語っていました。

事情を話し、仕事も辞めて、検査もすべて済み、8月25日、近畿大学付属病院に入院しました。



手術日は8月30日に決まりました。
今本先生、川西先生、彭先生、黄先生が私の担当の先生方です。
検査結果の詳細としては、癌細胞が「印鑑細胞癌」という癌の種類でしかもこの癌は転移しやすい種類でした。
若い人に多い癌細胞で、逆に若い人は “まさか” ということで疑いもしないで薬でごまかし、見つかったときには末期の人が多い、ということでした。
私は、今見るところによると初期癌で、あと半年遅れればどうなっていたかわからなく、1年遅れれば手遅れだと言われました。
そしてやはり胃カメラの時に言われたとおり胃を2/3摘出するということになりました。
入院前に私は死ぬほど泣きました。
親に心配をかけぬよう、夜に一人で毎日泣いていました。
そのお陰なのか、自分が負けていたら周りの人にも心配かけるからがんばらないと駄目だ、泣いてもしょうがない、あとはなるようになる、絶対死ぬか!と思えるようになりました。

手術は午前から行なわれました。
8時から手術室に入り出てきたのは15時か16時だったらしいです。

両親と親戚の姿が見えましたが眠くてすぐに寝てしまいました。

手術の次の日から、歩くと胃が活動しようとするので治りがいい、ということで歩行練習が始まりました。

手術の一週間後から水を少しずつ飲む練習から始まり流動食、からどんどん形のあるご飯に変わっていきました。
食事は、出てくるご飯の約半分を目安に30分くらいかけてゆっくり食べなくてはいけません。
小さいスプーンでちょっとずつ口に運び、2、3回口に入れてはちょっと休みして最初はイライラしました。
飲み物も一口、口に含み休憩して、と時間のかかるものでした。
抜糸も終え(糸ではなくホッチキスの大きい版みたいなやつでした)シャワーも出来るようになり約2週間後の9月14日に退院しました。
大きい手術のはずがこんなに早く家に戻れるものなのだとびっくりです。

入院中に、摘出した胃とリンパを検査し転移の可能性があるか、などの結果が出ました。
この検査結果が一番心配で、これからの私の生活を大きく変えるものでした。
今のところ転移は見られません。
癌の大きさは約2センチ強で大きいものだったし、深ければ転移の可能性も増えるので、先生もちょっと心配だったらしいです。
癌の出来ている場所が胃の上のほうだったので、もしかしたらもう一回開いて全摘手術になる可能性もあった、ということをこの時に初めて聞きました。
今の医学はすごいです。
手術跡もおへその上に10センチ弱の傷跡とおへその下と左右対称に1、2センチくらいの小さな傷跡があるだけです。

家では毎日の食事がリハビリでした。
家に戻ってその日に、食べ過ぎたりするとなる “ダンピング症候群” いうものになりました。
初めての体験で、しかも退院してすぐになってしまったので私はもう一回入院させてもらおうかと思うくらい精神的にもやられました。
説明しにくいのですが、胃が痙攣するのかカラゲップのようなものがずっと続き、気分が悪くなり、冷や汗が出て、口の中から水のような唾液がドボドボと出て、苦しくて涙も出、最終的には戻してしまうと楽になるのですがそれまでがかなり辛い・・・。
家に帰ってすぐの15時くらいから調子が悪くなり、夜の20時くらいまでずっと調子が悪く辛かったのが忘れられません。
もう2度とこんな思いはしたくないと思うのですが自分でもそのリミットがなかなか解らなく5回以上は同じ思いをしました。
体重も手術前と比べ7キロ落ちました。
集中力が戻らず、本がなかなか読めない、体力も落ちたらしくすぐに疲れる。
ですが手術をしてから自分でも日に日に良くなっていくのがわかりました。
朝起きると昨日より元気だと自分でも解るのです。
そしてちょっとずつ元の自分を取り戻していきました。


12月に入り先生の許可をもらい北海道へ!
無理をしない程度に、疲れを出さない程度に、ということでスノーボードをすることを約束し冬のシーズンを迎えました。
ある程度の運動は免疫力を高め、逆に疲れは免疫力を低下させます。
選手としてはもう終了することにしました、がやはりスノーボードはやめられないです。
親はボードをやめてほしかったと思いますが、私としてはボードをとられては本当に人生の楽しみがなくなるのでこれだけは私から取らないでほしい、とお願いしました。

両親にはこれでもか、というくらいの迷惑をかけてしまいました。
毎日、毎日、病院に来てくれて心の底から感謝しています。
お見舞いに来てくださった方々にも多大な心配をおかけしました。
もう手術前と変わらなく元気になりました。
自分でも病気だったということを忘れてしまうくらい元気になりました。
ありがとうございました。

癌というのは転移するのでこれから5年間検査しながら過ごさなくてはいけません。
もしかしたら転移する可能性もあります。
普通の人よりかは死亡確率が高いでしょう。
けれどここでネガティブになると病気に負けてしまう。
毎日楽しく、自分に素直に生きていればもう病気にはならない、吹き飛ばしてしまう、
と思えるようにやっとなりました。
病は気から!!です。

今、私は、選手としては引退しましたが、やはりスノーボードが好きです。
今年は女の子をもっと盛り上げる為のガールズツアーや、ガイドと一緒に山を登り滑るバックカントリーツアー、病院の通院のこともあり実家に近い滋賀県余呉高原で1ヶ月滑りながら働いたり、といういつもと違う活動をしてきました。
今年は様子を見てでしたが来年は今以上にツアー、キャンプなど企画や指導に周り今後のスノーボードをもっと盛り上げて行きたいと考えています。
もちろん病気が早期発見だったからこそできたのです。
そしてこれからもボードに携わり、色々な人に何らかの影響を与えられる人間になりたいと思います。

病気になって感じたことは周りの人のありがたさと病気に関しての知識が高まったこと。
癌 = 死 と思っていた自分がいました。
決してそうではありません。
癌は早期発見すれば完治する可能性も高いということ。
胃癌は胃が痛くて胃薬を飲むけれども薬を飲んで治ったからといっても癌はなくなりません。
私も薬で胃痛は治まっていました。
血液検査でも末期にならないと腫瘍マーカーは反応しません。
血液検査で引っかからなかったからといって安心しないでください。


私がこの病気になってみんなに伝えたいことは何よりも自分の体が大事だということ。
病気になってしまってはやりたいことも出来なくなってしまう。
今では癌は一般的になる病気です。
死ぬまでに2人に1人は癌になるといわれています。
もし自分の体に異変を感じたらすぐに病院に行ってほしい。
検査をして何事もなければまた好きなことが出来る。
ここでお金がないから、時間がないからといって見過ごさないでほしい。
どんな病気も早期発見が一番の治療方法です。
自分を守れるのは自分だけです。

もう一つ、保険は必ず入りましょう。
癌になってしまえばもう2度と保険には入れません。
私も癌保険にはもう一生は入れません。
もし、手術だけでなく抗癌剤などの治療になれば莫大なお金がかかります。
保険に入ってなければ迷惑をかけるのは親や兄弟、下手をすれば親戚までもが巻き込まれます。
若いから大丈夫、まさか、という考えは捨ててください。
何かあってからでは遅いです。


これを読んでくれた人に、もう一度自分自身を見直してもらい、これからの人生を精一杯楽しんでもらえるきっかけになれればと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。


寺下博子
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札幌定山渓温泉 花もみじ ステイ

29日から一泊、定山渓温泉 花もみじで宿泊してきました。

いつも一緒に滑っているSAE子が今月いっぱいで彼氏のいる神奈川に帰るのでその送別会?をかねて一泊遊んできました。

行ったメンバーはSAE子、PIYO、P-ちゃん、チンさん、マンプク満、私の6人。遅れて若手ライダーのASATOが来ました。

前回は鹿の湯だったのですが今回はちょっとグレードアップ!
2千円アップだったのですがその価値大ありでした!!

ごはん


わいわい


まずはお膳食、お風呂もちょっと高級感漂う感じ、
スリッパでなく草履、
布団も敷いてくれてたりと・・・。

みんな、温泉ムードでまったりと良い療養になったことでしょう。

そして今日、札幌国際へそのままGO!!

さすが北海道です。
まだまだ雪が降りますねえ・・・。

国際30日


そして今日はなかなかの良い雪でした。
ちょっとガスったりもありましたがこの時期にコノコンディションなら言うことないでしょう。

ブロードにも行ってきましたよ。
なかなか最高でした。


そして夜にまたまたSAE子の最後を理由にのみに行ってきました!
またまただいこんやです。
安くていいんだよねえ。
メンバーはSAEちん、フミコ、チンさん、たもっちゃん、ミチル、後藤さん、Naritaクン、P-ちゃん、ASATO、遅れてヤッシー登場。
相変わらずヤッシーネタは面白いですわ。
炸裂してたよ!!
けど、寂しくなるなあ・・・。

まずは私の風邪を治さねば・・・。

北海道 旭岳

本日の旭岳はなかなかでしたよ。

状況



風も強いかと思いきや無風・・・。
雪も無いかと思いきやなかなか・・・・
ちょっとだけ重めでしたが全くもって問題なし。

メンバーはHAMちゃん、Gacky、Shigeちゃん、Saoちゃん、koji、Kobayashiくん、私の7人。

旭岳


歩いたので計3本。
今日はHAMがカメラマンとなりなかなかのいい図と撮ってくれたであろうはず!!ありがたやあ・・・。

b4



みんなかなりの満足度でたぶん数値は鈴なりだったと思います(笑)

味一でみんな大盛りを食べてから花神楽でお風呂、仮眠して札幌へ帰宅。

いい一日でしたぁ・・・・。

♪v(*'-^*)ゞ^;*・'゚☆ブイ☆



現在の使用物品の来期モデル

ゴーグル TERMINAL、ITAL、茶色ラメ
ウェアー BD(ASICS)ウルトラソニック2ジャケット ラッセルパンツ
ブーツ SHIMANO TRIPPER AB ブラック
バイン アキュブレードXTR ブルー、ハイバッククリアー
スノーシュー SHIMANO、アキュブレードスノーシュー・コンプリート

ニセコチセヌプリ

本日、チセヌプリに行って来ました。

HAM、ガッキー、シゲトくんの4人でした。


天気は最初はいいかも!とたまに覗かせる太陽を見ながらちょっとだけドキドキ。
((o( ̄ー ̄)o)) ワクワク

チセ1



しかし山頂に近づくにつれなんだか怪しい雰囲気に・・・。

チセ2



まず風がひどい・・・雪も降るのと吹き上げるので吹雪く。

視界も悪くちょっと躊躇しながらとりあえず登る。

たまに這い蹲ったりしながら・・・。

ここから滑るという場所も風の為、カリコリ。


が、途中、ちょっとだけ視界が良くなり、
そこをガッキーがDROP IN!

私の番になるとまた視界が・・・。

が、一人取り残されてちょっと寂しかったのですが、しょうがなく滑り出す。
最初、ホワイトアウト状態でグルグルしていたけど、
途中から急に視界が良くなりテンションあげあげ!!

v(≧∇≦)v イェェ~イ♪

やっぱりパウダーは最高でしたよ!


五色温泉郷の温泉に入ってマッタリンコ・・・。

【~~~(´▽`A)~~~】 イイユダナ~♪
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